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茨大生活 Life at Ibaraki

茨城大学では約300名の留学生が日本人学生と共に学んでいます。このページでは留学生の茨大での生活の様子や、留学生からのメッセージ などを留学生の母語と日本語で、また留学生をサポートする日本人学生のメッセージ等もお伝えしていきます。

About 300 international students are studying at Ibaraki University together with Japanese students. On this page, you can find out about their lives on campus as well as messages from international and Japanese students in both Japanese and their mother tongues.

▼ 2012 Voices of students! ▼open
アシェレイ・サイモンズーリ・ガオ
【 America 】人文学部 1年生 (College of Humanities)open
震災後の留学生活open
 私たちの初めての水戸での生活は、アメリカの生活とはかなり違います。例えば、ここの学生はほとんど自転車で学校に通っています。茨城大学の学生と違って、ペンシルベニア州立大学の学生はバスか徒歩で学校に行きます。それに加えて、いろいろなカルチャーショックも受けました。例えば、アメリカで異性と一緒に遊ぶことは普通ですが、ここでは男性と女性が別々に行動するのがよく見られます。
いろいろなことが大変ですが、便利なこともあります。例えば、ここのコンビニはガス代や水道代などを払うことができて、とても便利です。それから、スーパーやいろいろなレストランも家の近くにあるので、バス代をかけずに行けます。
学校の制度も違います。例えば、「限目」という制度やチャイムは私たちの学校にはありません。ペンシルバニア州立大学では、同じ学部で同じ指導教員でも時間割が全く違います。1クラスの人数もペンシルベニア州立大学のほうが多いです。
また、食堂の制度も違います。茨大の生協センターの食べ物は外のレストランより安いですが、ペンシルベニア州立大学では正反対です。ですから、多くのペンシルベニア州立大学の学生は外のレストランで外食しています。それから、時間をあまりかけないように、ペンシルベニア州立大学の学生はよく歩きながら食べますが、茨大の学生はたいてい座って食べます。
水戸の生活は大変ですが、いろいろな体験ができました。外国人が少ないことが水戸の茨大を選んだ理由の一つです。なぜなら、外国人が少ない場合は、日本語を使えるような気がします。そうすると、日本語は上手になるチャンスがあります。いろいろなカルチャーショックを受けましたが、日本の文化をもっと深く理解できるようになりました。短期留学ですが、たくさんいい思い出ができたと思います。きっと茨大を懐かしく思うでしょう。

Kehidupan Para Pelajar di Pasca Bencana Jepunopen
 This is our first time living in Mito, and we must say that it is different from Penn State life.  Our daily routine is a little different.  For example, when going to school, most students walk or take the bus that goes around the campus; riding bikes are very rare.  Our biggest culture shock was the segregation between genders.  For example, during the lunch period boys were only hanging out with boys, and girls were only seen with girls.  This made us uncomfortable as it made it difficult to get to know boys because that would be seen as flirting. 
We also think that the convenient stores are even more convenient than the ones in the States, because we can pay all of our utilities there. The supermarkets are close by and there are a variety of restaurants. Even though the transportation fee is expensive, we mainly only used it for going to Mito Station.
The school system is also different.  We don’t have periods or a school bell. Even though we are in the same college, our schedules are completely different.  For example, Lucy and I may be taking the same class with the same professor, but we would have the class at different times.  In addition to the scheduling differences, the class size is much bigger, as such having class of 300 students to 1 professor, but it’s not a crowded classroom. 
As for the cafeteria, the prices for lunch are cheaper than going to a restaurant, whereas in Penn State, most people go out to eat.  One of the small cultural differences of eating is eating while walking.  Most students at Penn State tend to eat and walk simultaneously, in order in save time whereas Ibadai students tend to sit down and eat their food.

Despite the differences, we are glad that we chose Ibadai as our choice for studying abroad. Being on the countryside, the lack of English speakers forces us to speak Japanese in order to survive.  We managed to put our cultural differences aside and step out of our comfort zone in order to reach out to native Ibadai students and make friends.  We wish we could have stayed for a year to master the language and fully understand the culture, but despite the time constraint, we were able to make amazing memories with everyone we met.  We will miss Ibadai
▼ 2011 Voices of students! ▼open
蔡雨江
【 China 】人文学部 1年生 (College of Humanities)open
学業、アルバイト、部活、震災ボランティア―忙しいけれど充実した大学生活open

 私は日本に来てもう2年が過ぎた。私の出身は中国の吉林省。日本に来て2年間は京都で日本語の勉強を一生懸命頑張って、茨城大学に合格し、未知への希望と悩みとともに水戸市に着き、私の大学生活が始まった。

 今は人部学部の社会科学科の一年生、あっという間にもう後期になるくらい時間が過ぎるのは早かった。茨大での勉強を始めてから、時間不足を強く感じてきた。茨大での生活は学業とアルバイトのみではなく、自分が参加したかった部活や、ボランティア活動や、宴会パティー、さらに交流会のようなイベントもたくさんある。茨大で生活をしてみて、今まで生きてきた世界がどのくらい小さかったか分かってきた。いろいろな国の留学生とコミュニケーションを取ってみると、同じ話題であってもいろいろな考え方や理解があるということがわかる。

 キャンパスには留学生交流室がある。そこにはサーバーや、パソコン、お茶などがおいてあるから、誰でものんびりできる空間である。いつも昼休みになると、その部屋にいろいろな国からの留学生が集まってくる。もちろん日本人の学生もたくさんいる。たまに、部屋のなかに中国語、韓国語、日本語、英語、マレー語などが同時に流れてくる。実は、昼休みその交流室で、飲み物一杯でいろいろな留学生と暇つぶしにおしゃべりすることが私の楽しみになっている。

 大学に入ってから、私は茨城県留学生親善大使になり、いろいろな小中学校で講師を務めさせてもらっている。講師といっても、ただの遊びのような感じで、小中学校の子供に中国のことを紹介したりする。今まで何回か経験を重ねて気付いたことは、日本の小中学生は予想以上に中国についてあまり知らないということだ。そして、私から見たら当然のことが日本人にとって不思議に感じたり、理解しにくかったりする場合も少なくない。しかし、毎回の交流を通じて多くの日本人の学生に中国について新たなイメージをもたらすのが楽しみである。

 茨大での生活はこれだけではない。9月30日に私を含めて10人の留学生と30名の日本人が3.11地震の被災地である松島市野蒜区でボランティア活動をしてきた。地震当時、多くの人々が現地の小学校の体育館に避難をしていたが、誰も信じられない大きな津波が襲来して、体育館に避難した人の半数以上の命を奪い、一時は600人の遺体が安置されていたと聞いた。私たちはその体育館で黙とうした。そして、泥の中のがれきを分類する作業を行った。作業中、現地の人々が来て、感謝の言葉や、御苦労さまの言葉を言っていた。世の中の自然が無情であっても、人間は情を持っていることがわかった。私が驚いたことは、かつて、人々が住んでいた町が今は何一つ残っていないことだ。そのようなショックを受けた現地の人々を見ても、奪い合う人や泣いている人が誰一人いなかった。反対に、みんなきちんと並んで支援物資を受け取っていたり、元気を出している姿が見られた。偉いと思った。こうした経験は学校では勉強できないことではないかと思った。

 この頃は、茨城大学では学園祭があって、忙しい日が続いた。もちろん、飲み会もばっちりやった。体は疲れていても、このような生活の一つ一つのことが私の大学生活を充実させている。茨城大学に来て最高と思っている。

学,打工,部活,志愿服―繁忙和充的大学生活open

 我来自中国的吉林省,来日2年多,在日本的京都市学习了2年的时间。经过不断地奋斗,我考上了茨城大学。在彷徨和激情来到了水户市,开始了我的大学生活。

 我的专业是人文学部的社会科学科,现在是一年级的学生。但是转眼间已经到了下学期了。自从在茨城大学学习,我明显的开始感觉到时间的不足。我的大学生活不光是学习和打工。在这个大学除了学习和打工,对于一个留学生来说、如果你愿意的话你可以做很多事情。俱乐部活动,志愿服务,聚会,甚至开个交流会。大学生活让我领悟到以往我所看到的世界是多么的渺小。尝试着跟各个国家的学生谈话,会让你觉得同样的一个话题有无数个看法和理解程度。

 校区里有一个留学生交流室,里面有沙发,电脑,茶水等等。会感受到一个家一样的舒适感。每当到了中午时间各个国家的留学生会在这里聊天,当然也有日本人。日语,汉语,韩语,马来语,英语。各种各样的语言在一个房间里回荡。其实,我比较喜欢在中午时间买一杯咖啡在那间交流室跟各种各样的朋友们聊天。

 在我进大学不久,我非常庆幸的当上了茨城县留学生亲善大使。几乎每个月我都会去各个中小学讲课。说好听了是讲课,说不好听了就是去聊天(笑)。主要的目的是让日本中小学的学生了解中国,以及中国各个地区的文化,风俗。有一些中国人认为是理所当然的事情,可能放在日本人眼里是非常惊讶的事情。经过几次的演讲,我意外的意识到日本的中小学生对中国的了解少之又少。而每一次的演讲会让他们对中国有一个新的看法。

 大学的生活不光只有这些,9月30日我与其他30名日本人和9名世界各地的留学生前往了3.11东日本大地震的赈灾地区的松岛市的野蒜区。开始了志愿服务活动。当时地震之后几乎所有的人都躲到了当地小学的体育馆。而谁也没有想到在不久的几分钟后一股庞大的海啸袭来,取走了将近600名的生命,并且他们的尸体就摆放在那座体育馆里。9月30号我们来到那个体育馆。之后我们就开始工作。主要的工作内容是收拾瓦砾和分类垃圾。在工作中感受到原来自然无情而人间有情。不少的当地居民来跟我们道谢。而让我最为震惊的是,曾经的城市已经一无所有了。然而当地的居民依然为了复兴而奋斗着。没有抢夺。没有哭声。人们都是依然有规有矩的排队着领取救灾物质。这段经历让我学到了不少学校里学不到的东西。我的思想也成长了不少。

 前一阵,因为一年一度的校庆,让我筋疲力尽。而所有的一点一滴正在充实着我的大学生活。来到茨城大学是一个非常不错的选择。

イ・ヨンス
【 China 】人文学部 1年生 (College of Humanities)open
■東日本大震災を経験してopen

東日本大震災により、日本は様々な面で大変だった。私も4月15日から、7日間、宮城県石巻市に行ってきたが、その悲惨な状況は忘れられない。家の型のような跡しか残っていない街や、被災して避難生活をする多くの人々を実際に目にした。しかし、そのような状況の中で、私が驚いたのは被災者たちの「あきらめない。一緒にがんばって生きて行こう!」という力強く温かい意志だった。そのような強い思いによって、現在、多くの被災地では普段の生活に戻すため、日々、復旧が進んでいる。特に、私が住む茨城県の多くの市や町は、被災前の生活に戻ってきたと感じている。

私自身も地震直後は、地震被害や放射線による生活や学業面での心配があったが、私が通っている水戸市は地震の被害が少なく津波被害もなかったため、現在のところ、日常生活や学業において不便に感じることなく楽しい留学生活をおくっている。さらに、韓国のニュースでは、茨城県の放射線量が高く危険なところのように報道されていたがそれは正しくない。なぜなら、放射線の量は地形によって多くの影響を受けるため、茨城県の全ての地域が等しく高い数値であることは間違いであると考えられる。とりわけ水戸市の放射線の量は、専門家たちの話によると、日常生活や健康において支障がない数値であるとのことである。東日本大震災や原発事故により、多くの方々が茨城大学での留学生活に心配を持っていると思う。しかし、現在の状況を踏まえ、人生においての留学の価値を考えれば、決して留学をあきらめる所ではないと私は思っている。

동일본 대지진이후 지금open

동일본대지진으로 인해 일본은 여러모로 힘든시기였다.
나도 4월15일부터 7일간 미야기현 이시노마키시라는곳에 봉사활동을 다녀왔기 때문에 그 비참한 광경을 잊을수 없다.

주택가  비슷한 형태만 남은 거리와 피재에 인해 피난생활을 하는 많은 사람들을 직접 볼수 있었다.

그러나 그러한 상황에서도 내가 정말 놀란 것은 피재민분들의 의지였다.
「포기하지않아.함께 힘내서 살아갑시다!」라는 강하고 뜨거운 그 의지.
그러한 강한 의지덕분인지 현재 많은 피재지가 보통의 생활이 가능하도록 복구가 되었다.

특히,내가 사는 이바리현도 많은 시와 동네가 피재지가 되기전의 원래 생활이 가능하도록 복구되었다.

물론 나도 지진직후, 지진피해 및 방사선의 의해 생활과 학업면에서의 걱정이 많았지만, 미토시의 경우 지진의 피해가 적고 츠나미의 피해도 없었기 때문인지
현재는 일상생활 및 학업에 있어서 불편점을 느끼지않고, 즐겁게 유학생활을 보내고 있다.

또, 한국의 뉴스에서는 이바라키현의 방사선량이 높기때문에 위험한곳이라고 보도되고 있지만 그것은 잘못된 보도라고 생각한다.
왜냐하면 방사선량은 지형에 의해 많은 차가 있기 때문에 이바리현의 모든 지역이 높은수치라고 말할수 없기 때문이다.

그중에서도 미토시의 방사선량은 전문가들의 말에 의하면 일상생활 및 건강에 있어서 지장이 없는 수치라고 한다.

동일본대지진 및 원자력발전소 사고 때문에 많은분들이 이바라키대학에서의 유학을 걱정하고 망설이고 있다고 생각한다.

하지만 현재 상황을 비추어볼때 인생에 있어서의 유학의 가치를 생각해보면 결코 유학을 포기해야할 시기는 아니라고 생각한다.

伊藤まどか
【 Japan 】国際交流会館チューター(Japanese Tutor)open
■国際交流会館 ―震災とその後―open

私たちは震災後すぐに日本人チューターや留学生同士でなんとか連絡を取り合い、国際交流会館ロビーに集まりました。そして水戸市内では電気やガスや水道が止まってしまったので、一人でいる不安を取り除くためにも少しの間、会館での共同生活をすることになりました。それぞれの家にあった食料を持ち寄ったり、手分けしてスーパーで水などを買ったりしました。留学生を心配した先生方からも多くの差し入れをしていただいたりと、多くの人と支え合いながら、そして多くの人に助けられながらの生活となりました。

日本人にとっても一生に経験するかしないかも未曾有の大震災。私たちにとっても、多くの衝撃と不安をもたらしましたが、留学生の母国では地震がまったく起きない国も多くあります。そのため、彼らの不安は私たち日本人の想像をはるかに超えるものだったかもしれません。そんな中で共に生活し、困難を乗り越えられたことは、私たちの大きな絆になったと心から感じています。一人では暗い気持ちになってしまったかもしれませんが、そのような状況だからこそ、笑顔を忘れずに励まし合いながら生活できたことは、一緒に生活できたからこそだったと思います。

震災後、帰国してしまった留学生も多くいましたが、残った留学生、そして、新しく来た留学生とともに、今では楽しく生活しています。
今回、国際交流会館で震災を経験したということで、わたしたち「一人じゃない」ということに気付かされました。不安の中で国を超え、互いの手と手を取り合っていけたこと、これは私にとっても大きな財産になったと感じています。

Nguyễn Thị Việt Nga
【 Vietnam 】日本語・日本文化研修生open
■水戸での楽しい学生生活open

水戸市は何でもちょうどいい具合に揃っているところです。気候は、一冬2,3回くらい雪が降りますが、それほど寒くはないし、夏は半袖やサンダルで生活するのにちょうどいいくらいで暑くもありません。水戸市は遠い田舎町にあると思うかもしれませんが、電車やバスで、東京や成田空港や東京ディズニーランドまで2時間ぐらいで行くことができます。また、水戸は自転車で、ヒマワリで有名な那珂市やひたちなか市の海辺にある海浜公園へ出かけることができます。
水戸駅の周辺には人通りが多く豪華な店があり、また水戸には梅祭り、桜祭り、水戸黄門祭り、花火大会などの祭りや恒例行事も多くあります。賑やかな水戸市とは反対に、水戸市の周辺には小さくて静かなところもあります。古い感じがする水戸市ではお年寄りが散策する姿をよく見かけますが、内原駅のAeonショッピングセンターのように新しくてお洒落なところには若者もたくさん集まります。
茨城大学から少し離れたところに、紫陽花の道や桜の並木に囲まれる千波湖があり、その近くには数千株の梅の木が植えられている偕楽園があるなど水戸市は自然豊かな町です。
茨城大学は水戸市内に位置し、色々なことが利用できるところにあります。茨城大学の学生生活に慣れるのにそんなに時間がかかりません。また、水戸市での生活にもすぐ慣れます。2011年3月には大震災がありましたが、今は復興して綺麗で新鮮な空気を吸いながら生活しています。

■Cuộc sống sinh viên tươi đẹp ở thành phố Mitoopen

Ở Mito, mọi thứ đều có thể được gọi là “vừa đủ”. Tuyết rơi đôi lần vào mùa đông song không đến nỗi quá lạnh, mùa hè thời tiết không quá nóng nhưng cũng đủ để những chiếc áo phông cộc tay hay những đôi xăng đan được trọng dụng. Có lẽ Mito nằm ở một nơi khá xa nhưng bạn cũng chỉ mất 2 giờ đồng hồ xe điện hay xe bus để đến được Tokyo, sân bay Narita hay khu vui chơi Disney Tokyo. Ngoài ra bạn cũng có thể đạp xe đi thăm thành phố Naka nơi có cánh đồng hoa hướng dương nổi tiếng hay công viên dọc bờ biển (海浜公園) của thành phố Hitachinaka cạnh Mito. Quanh ga Mito dòng người ra vào tấp nập và những cửa hàng sầm uất mọc lên san sát. Hằng năm, Mito tổ chức rất nhiều lễ hội như hội Hoa Mai, hội Hoa Đào, hội rước kiệu Mito Koumon và lễ hội bắn pháo hoa. Mito náo nhiệt nhưng vẫn có những nơi yên tĩnh . Ở thành phố mang vẻ cổ kính này ta có thể dễ dàng bắt gặp các cụ ông cụ bà đi dạo trên phố, nhưng bạn cũng có thể thấy đông đảo thanh niên thiếu nhi ở các tụ điểm vui chơi như trung tâm thương mại Aeon ở Uchihara . Mito hướng về thiên nhiên, với con đường ngập tràn hoa Ajisai (tháng 5) cách đại học Ibaraki không xa , với hồ Senba được bao quanh bởi hàng cây Hoa Anh Đào, công viên Kairakuen với cả ngàn cây Hoa Mai.
Ngôi trường ĐH Ibaraki nằm ở 1 vị trí thuận lợi trong thành phố Mito. Không mất nhiều thời gian để làm quen với cuộc sống sinh viên tại trường Ibaraki, không mất nhiều thời gian để quen với cuộc sống ở Mito. Mito đã chịu nhiều thiệt hại sau trận động đất tháng ba vừa rồi nhưng giờ nó đã phục hồi, trở nên đẹp đẽ hơn, tươi mới hơn.

TRAN YUYEN NHUNG
【 Vietnam 】日本語・日本文化研修生open
■外国人留学生が住みやすい街・水戸open
私はNhung と申します。ベトナムから参りました。ハノイ国家大学外国語大学東洋言語文化学部4年生です。2011年10月に、1年間日研生として来日して茨城大学で勉強しています。 高校生のときから、自分の進路を決めていました。それは日本で日本語、日本文化、また日本語教育について勉強することです。日本で日本文化について研究したり、日本語を勉強したり、親切な日本人と友達になるのは昔からの私の夢でした。それだけでなく、日本へ来たら、日本文化と日本の伝統的な習慣も体験することができるので、すばらしい機会だと思います。 茨城大学では、いろいろな国からきている留学生が多く、特にベトナムからの留学生も多くいます。また、茨城大学は、皆親切で国際的な環境で勉強ができるところで、お互いが助け合いながら生活ができるところです。それだけでなく、素晴らしい伝統文化が残っている水戸市は、景色も綺麗で、またいろいろな事が体験できるところです。また、それぞれ異なる多様な文化や宗教、民族の人々が一緒に生活しているため、多くの知識を得ることができると思います。

■Mito-thành phố lý tưởng cho lưu học sinhopen

      Tôi là Trần Tuyết Nhung, hiện là sinh viên năm thứ 4 khoa Ngôn ngữ Văn hoá phương Đông, trường Đại học Ngoại Ngữ, Đại học Quốc Gia Hà Nội. Tháng 10 năm 2011 vừa qua, tôi may mắn có cơ hội nhận học bổng của chính phủ Nhật Bản, đến Nhật Bản học tập nghiên cứu trong vòng 1 năm.

      Từ khi còn ngồi trên ghế nhà trường, tôi đã xác định được con đường tương lai của bản thân, tôi ước mơ được đến Nhật tỉm hiểu tiếng Nhật, văn hoá Nhật và giáo dục tiếng Nhật . Từ trước đến nay, được giao lưu văn hoá, trải nghiệm, học hỏi về Nhật Bản là mục tiêu mà bản thân tôi luôn cố gắng. Vì vậy, tôi coi đây như một cơ hội tuyệt vời, và tôi chọn Đại học Ibaraki làm đích đến của mình.

      Trường Đại học Ibaraki là nơi giao lưu văn hoá tuyệt vời khi tập trung nhiều lưu học sinh từ khắp mọi miền trên thế giới, đặc biệt còn có rất nhiều lưu học sinh Việt Nam. Tất cả tạo nên một không gian hội nhập, quốc tế hoá rất thân thiện đặc trưng riêng của Đại học Ibaraki. Mối quan hệ giao lưu tốt đẹp giữa lưu học sinh và sinh viên người Nhật luôn được củng cố, mọi người giúp đỡ lẫn nhau ko chỉ trong học tập mà còn trong cuộc sống. Vì vậy, tôi luôn coi Đại học Ibaraki như một quê hương thứ hai của mình.

Trần Trinh Nghĩa
【 Vietnam 】人文学部研究生open
■水戸での暮らしopen

日本に来る前に、茨城県は田舎だと先輩から聞いたことがあります。その時、水戸市での生活は楽しくないのではないかと心配しました。
しかし、時間は私の考えを変えました。やはり、にぎやかな東京に比べて水戸市はかなり静かでのんびりできます。
例えば、水戸市では高くそびえたっている現代的な高層ビルや、人ごみの遊園地や、急ぎ足で歩いている人々や、すし詰めの満員電車のイメージはありません。
だからと言って、水戸市がつまらないというわけではありません。
便利な生活をするのに十分なものが揃っています。
スーパー、24時間営業のコンビニ、郵便局、クリニック、バス停は色々なところにあります。
水戸では季節によって色々なイベントが行われています。
大学生は1ヶ月で5万円くらいで十分な生活(家賃も含めた)ができると思います。
東京の場合は、5万円があっても6畳の部屋を借りることもできません。
それに、水戸市の市民、特に年配の方は親切で親しみやすいです。水戸市の冬は思ったほど寒くなく、春と秋は涼しくて、夏は暑い時もありますが、1ヶ月くらいで、全体的に気候のいいところだと思います。
自然が好きで、のんびりと生活したい私にとって、水戸市での暮らしは快適だと思っています。

■Cuộc sống tại thành phố Mitoopen

Trước khi đến Nhật có nhiều đàn anh đàn chị đã nói với tôi rằng tỉnh Ibaraki là nông thôn và thú thực lúc đó tôi đã lo lắng e là cuộc sống sắp tới tại thành phố Mito sẽ không được thú vị lắm. Thế nhưng thời gian đã làm thay đổi suy nghĩ của tôi. Quả thật, khác với một Tokyo ồn ào náo nhiệt, thành phố Mito khá yên tĩnh và an nhàn. Tại Mito ta sẽ không thấy hình ảnh những toà nhà chọc trời hiện đại, những khu vui chơi luôn đông nghịt người, những dòng người hối hả, hay là những chuyến tàu điện đông đến nghẹt thở. Nhưng nói thế không có nghĩa Mito là một thành phố tẻ nhạt. Tại đây, hoàn toàn có đầy đủ điều kiện để cung cấp cho bạn một cuộc sống tiện nghi thuận lợi. Siêu thị, cửa hàng 24/24, bưu điện, phòng khám tư, trạm xe bus có ở nhiều nơi. Tùy theo mùa, các lễ hội, event được tổ chức thường xuyên trong thành phố. Là sinh viên, chỉ với 50,000 yên một tháng bạn có thể yên tâm đủ sống ở Mito (bao gồm cả tiền nhà). Trong khi cùng số tiền đó bạn sẽ khó có thể thuê được một căn phòng 6 chiếu ở Tokyo. Người dân Mito, nhất là người cao tuổi, cũng khá thân thiện và dễ gần. Mùa đông ở Mito không quá lạnh như tôi tưởng, mùa xuân mùa thu tiết trời mát mẻ, mùa hè thời gian nóng nhất cũng chỉ độ 1 tháng, vì thế với tôi thì khí hậu Mito là vừa đẹp. Là người thích gần gũi với thiên nhiên và muốn một cuộc sống thong thả như tôi thì cuộc sống tại Mito thật phù hợp.

マレーシア人留学生
【 Malaysia 】工学部1年生(College of Engineering)open
■震災後の留学生活open

「茨城大学に進学したい。だけど震災後の留学生活はどうなのか」と不安になっているマレーシアの学生達がいると思います。これは私達(茨大の在学生であるマレーシアの留学生)からのメッセージです。

私達の生活は震災の影響をあまり受けないから、心配は必要ありません。私達は、毎日学校に行ったり、帰ったら自炊または外食したり、楽しく時間を過ごしています。確かに、平成23年の前学期は大変でした。4ヶ月の授業量は3ヶ月ぐらいの期間に行われました。しかし、今はもう普通に戻ったから、勉強時間が足りなくなるという恐れはもうありません。

「放射能の問題もあるんじゃないか」と思う学生もいるかもしれませんが、実はここの放射能量は比較的低いです。一応アドバイスを言っておきますが、材料を買う時には、産地の表示があるので、それをみて選ぶと良いと思います。しかし、たとえ他の選択がなかなかなくて、その野菜を食べても、悪影響はないと思います。なぜかというと、さっき言ったように、ここの放射能量は低いからです。

まとめとして、茨城大学に進学したいと希望したら、ぜひここに足を運んで自国と全く違うところで楽しい学生生活を送って下さい。

■地震后的感想open

Mungkin ada pelajar dari Malaysia yang ingin sambung pelajaran di Universiti Ibaraki tapi masih risau dengan keadaan Jepun selepas bencana gempa bumi tempoh hari. Oleh itu, di sini ada beberapa mesej dari kami, pelajar Malaysia yang sedang menuntut di Universiti Ibaraki ini.

Sebenarnya kehidupan kami di sini tidak banyak terganggu oleh bencana gempa bumi itu. Pergi ke kampus pada waktu hari, bila balik pergi keluar makan atau masak sendiri, itulah kehidupan harian kami yang biasa. Memang benar kami masuk universiti ini lewat sedikit akibat darurat gempa bumi itu, dan pembelajaran semester pertama 2011 untuk 4 bulan dihimpitkan dalam masa 3 bulan sahaja, namun kini waktu pembelajaran kami telah kembali normal dan tiada lagi kerisauan ketidakcukupan masa untuk belajar.

Kemungkinan juga ada yang risau tentang krisis nuklear di sini, tapi sebenarnya hakikatnya tahap radiasi di kawasan ini rendah. Sedikit nasihat dari kami ialah, ketika pemilihan barang mentah untuk masak, pastikan baca dahulu tempat makanan itu dihasilkan kerana dikhuatiri dihasilkan di kawasan berhampiran kawasan bencana nuklear itu. Tapi, jikalau tiada pilihan lain pun, pada pandangan kami, memakan makanan-makanan yang dihasilkan di kawasan ini insya-Allah tidak akan membawa kesan buruk. Seperti yang dikatakan tadi, tahap radiasi di kawasan ini rendah.

Sebagai kesimpulan, jikalau anda ada hasrat untuk sambung pelajaran di Universiti Ibaraki, silalah datang ke sini dan mulakan kehidupan sebagai seorang pelajar di Jepun, kerana ianya satu kehidupan yang mungkin tidak dapat dirasai di negara sendiri.\

 

李亭亭
【中華人民共和国】工学部1年生(College of Engineering)open
■東日本大震災後の生活open
恐らく外国人は地震に対して警戒心がありますが、日本では、地震はそんなに怖いものではないと思います。日本の建築物は世界最高水準で、一般的に東日本大震災のような大きな地震でも、ほとんど倒壊していません。東日本大震災の揺れは大きかったですが、私が住んでいた家(その時は東京に住んでいました)は倒れるどころか、壁にひびも入っていませんでした。 ただ、今回の地震では、津波によって福島第一原発が冷却機能を失い、水素爆発によって、放射性物質が漏れてしまいました。最初は、ちょっと放射性物質について心配し、外出を控えるとか、食料品の生産地が気になりましたが、1か月も経たないうちに平気になりました。 現在、地震発生から九ヶ月経ちました。現在の私の生活は地震前とほとんど変わっていません。また、学校や店なども、通常通り営業しています。地震後、茨城大学では建物をすべて点検し、補強作業を行いました。掲示板にも地震対策に関するお知らせがたくさん貼ってあります。大学に勧められた通り、私は家に地震がいつあっても大丈夫なように、生活必需品を用意し始めました。また、大地震が起きたら、慌てずに、すぐ避難所へ行けるように、学校や、家などの近くの避難所の位置を確認しておきました。 東日本大震災後、毎日生活できることのありがたさがわかりました。ですから、今はいつも笑顔で、一日でも大事に過ごせるようにしています。

■地震后的感想open

  大概外国人对地震怀有恐惧心理,其实在日本,地震并不是很可怕的。日本的建筑物可以说是拥有世界最高水平,一般来说,就算是像东日本大地震那样大的地震也几乎不会倒。虽然东日本大地震的震级很高,我住的房子岂止没倒(地震的时候住在东京),墙壁连缝都没有裂。

  不过,这回的地震所引发的海啸造成福岛第一核电站的核反应堆失去冷却功能,从而引发氢气爆炸,造成放射性物质泄漏。开始还对核辐射有点担心,尽量减少外出,挑选食物的产地之类的,过了不到一个月就不介意了。

  现在距离地震发生已经过去九个月了。我现在的生活和地震前几乎没什么变化。学校,商店等也都正常营业。地震发生后,茨城大学对学校内的建筑物全都检查了一遍,进行了加固。揭示板上也贴着防震对策。按照大学所教的方法,为了不管什么时候发生地震都不要紧,我在家里准备了生活必需品。另外,如果发生大的地震,为了不慌张就能立刻去避难所,我确认了去家和学校附近避难所的路。

  东日本大地震之后,我意识到了安定生活的可贵。所以,现在每一天都尽量开开心心地度过。